相変わらずの猛暑が続いていますが、さすがに空気が少し乾燥してきて、秋の訪れの近さを感じるようになりました。
老猫も何とか頑張っていますが、最近前にも増して怪猫っぽくなってきました。
この猫には何か見えるのか、虚空を睨んでは「シャーァ」と威嚇したり、或いはどこか具合が悪いのか、不気味な唸り声を発することも多くなってきました。
先ほどは、はっきり一声「ワン」と鳴いたので、びっくりです。
犬にでも化けるつもりなんでしょうか(笑)
最近お盆の里帰りが変化していて、夫の実家には妻は同行せず、息子と孫だけの里帰りの傾向が増えているという新聞記事を読みました。
夫の実家には夫と子供だけが行き、妻の実家には妻と子供だけが行く傾向が出てきたという記事を、何年か前に見たことがあります。
別に喧嘩しているわけではないけれども、お互いに余計な気を遣わなくて、楽なんだとか。
どんな形を選ぶのかはその家族が自由に決めればいい事で、余計なお世話なのですが、スピリチュアル的に見れば、せっかくのご縁を勿体ないですねという事になります。
配偶者の家族には、自分の育った家の家風とは違うものが有ります。その違いを経験するのが配偶者を理解する一助ともなりますし、自分の成長にもつながります。
更に、ご縁は生きている人たちばかりではありません。結婚すれば、相手のご先祖様ともご縁がつながるのです。
家族や親族は愛憎も深く、お互いの学びも多いので、意外と狭い範囲で生まれ変わっている場合が多いそうです。
現世で憎き姑だった人が来世では子供になって、自分の至らぬ点に気付かせてくれたり、現世で手を焼いた夫が来世では親戚の良い伯父さんになって、何かと援助してくれたり、現世で作ってしまった因縁を解消するために、来世でまた出会うのでしょうね。
来世で良い関係になりたかったら、現世で頑張って良い関係を作っておかなければなりません。
家族や親族は特にそうですが、周囲の人たちに対しても人間関係は、なるべく大切にした方が、来世で幸せな出会いが増えるというものです。
つまり、『袖擦り合うも他生の縁』で、現世で出会った人たちとは偶然に出会ったのではなく、なんらかの縁によって出会っているという事。
だからまた来世でも出会う可能性ありなのですから、よく考えれば、どんな人間関係も、おろそかにはできないという事です。
他人でもそうなのですから、婚姻関係にある相手の親族とは、少なからぬご縁で結ばれているはずです。
お互い、理解できなかったり、気疲れしたり、気が合わなかったり、なかなかうまく行かない場合もあるかもしれませんが、全てお互いの成長に必要な学びのための出会いだと考えて、赦し合い、受け入れる努力をしてみてはいかがでしょうか?
面倒を避けて人と関わり合わなければ、その分波風も立たず、苦労も少ないでしょうが、喜びも少なく薄っぺらな人間関係で終わってしまいます。
感動も少なく、喜びも小さいのです。
なぜなら、人は助け合い、支え合って生きるように、人の中で成長して行くように、神によって創造され、それが人の、真の幸福への道だからです。
北千住のスピリチュアルな占い師 安 寿