安寿の小径

北千住のスピリチュアルな占い師 安寿のブログ http://anju.cho88.com/

風邪引いて気付いた事

梅雨が明けてから、梅雨明け前の様な蒸し暑い日が続いて、そして梅雨入りの頃に逆戻りしたかのような『梅雨寒』の日が続き、また蒸し暑くなって、8月はずっと雨か曇り。40年ぶりだそうです。


今月に入ってから、何となく風邪っぽい状態が続いていて、いつ熱が出てもおかしくない感じだったのですが、とうとうダウンしてしまいました。
咳やのどの痛みで好きな歌もうたえず、せっかくお腹周りが2センチ減って、ジムも頑張っていたのに、当分見合わせです。
食欲もなくなり、体重は2キロ近く減りましたが、家でごろごろしていて運動不足のせいか、せっかく減った体脂肪率はボンッと逆戻りしてトホホです。
減ったのは筋肉で、脂はそのままなのでしょうね。


焦っても仕方ありません。病気になったら休養第一。
神様から休暇を頂いたと考え、予定をいろいろキャンセルして空いた時間を、たまっていた本を読むことに…と思ったのですが、熱が出てしまっては何もできず、ただゴロゴロウトウトしているばかりです。


やっと熱は下がったものの、なんだかじっとりと汗ばんでいて、きっと体の芯に熱が残っているのでしょう、まだまだ油断できない状態です。


病気をすると、つくづく健康の有り難さを感じます。
多少どこかが悪くても、あちこち痛くても、やりたい事ができるのですから、寝込むほどの病気じゃない事はそれだけで有り難い事です。


病気をするのも意味のあること。
今回の風邪は私に何を教えてくれたのだろうかと考えました。
もちろん、病気が第一に教えることは、常に与えられている神の恩恵に気づく事です。
どれだけたくさんの恩恵の中に私たちは生かされているのだろうかという事に心を向け、感謝することです。


心配してくれた友人や家族にも感謝です。
ゆっくり静養できる環境にある事にも感謝です。


夕食後、私が居眠りしていると、必ず「ギャオ〜」と大声で鳴いて私をビックリさせて喜んでいるような我が家の性悪猫。
しょっちゅうイラ立ったように鳴いては何かを要求したり、甘えてまとわりついたり、かまってもらいたがりの猫なのですが、私の具合の悪さを察したのか、このところあまり鳴きもせず、おとなしく部屋の隅に寝そべっています。


ウトウトしつつも時折目を開けて猫を探すと、部屋の隅からじっとわたしを見守るような猫の眼と何度か出会いました。
猫も私を心配してくれているようで、心がほっこりするような幸せな経験でした。


5年前のクリスマスの夜に、縁あって我が家にもらわれてきた老猫です。こんな経験をすると、やっぱりこの子は神様からのギフトだったのだと感じるのです。


殺処分されるかもしれないと言うので、仕方なく引き受けたものの、私はそれまで猫を飼ったことが一度もなかったので、馴れるまではお互い大変でした。
何をどのくらい食べさせたらいいのかすら知らず、なんだか不満気によく鳴くのですが、猫が何を要求して鳴いているのかわからず、どう扱っていいのかもわからず、引っかかれたり噛まれたりの毎日でしたが、今では我儘一杯の黒猫がかわいくてなりません。
また今年20歳になる老猫の老いた姿が自分と重なり、余計いとおしくもあり、その健気さに心打たれることもあります。


もし息子が猫を連れてこなければ、60歳を過ぎて初めて猫を飼おうなんて思わなかったし、飼っていなければ、こんな幸せも味わえなかったでしょう。


70歳を過ぎて、息子さんの奥様が亡くなられて、乳児と二人の幼児を育てた知人もいます。
人生、どんなことが起こるか分かりません。
どんな困難が自分の目の前に差し出されるか分からないのです。


目の前に差し出されたものは困難に見えてもギフトだと思って受けとるべしです。
困難には必ず学びと喜びがついてくるのですから。


でもそれを拒絶し続けたらそれはギフトになりません。
単なる苦しみになるのです。
ギフトにするか苦しみにするかはその人にかかっています。
被害者意識や損得勘定は捨てなければなりません。
後は精いっぱい頑張るだけです。
大丈夫です。人間て、後に引けない状況になったら本当に頑張れるし、思わぬ力が湧いてくるものですから。


神様のギフトは考えれば考えるほど、その人に本当にピッタリなものです。
もし犬だったら、私はご主人のまま犬を下に見て、たいした苦労もなく、したがって学びも少なかったと思います。


もし子猫だったら、あまりに激しく動き回って、この狭い我が家では危なくて飼い切れなかったでしょう。
15歳という老病だったからほとんど寝ていてあまり動かず、猫に馴れていない老人の私にも、狭い我が家にも幸いでした。


しかし起きている時の老猫は気難しくて、自己主張も強く、プライドも高く、自分勝手で、強情で、理解するのが大変でした。
でも今ではそんなところが面白いのです。


とにかく猫とは対等というより私が下女のようで、『相手に合わせる』という事をすごく学びました。
マイペースの私が一番苦手だった事です。
せっかちですぐ自分の思う様にしたがる私には「思うようにいかない」猫に教えられること大でした。


本当にいろんな意味で「神様、猫のクロちゃんをありがとうございました。」です。


久しぶりに病気をして、老猫が神様のギフトだったことを改めて感じ、神様のギフトに感謝しました。




          北千住のスピリチュアルな占い師    安 寿