マザー・テレサは以前からすごく尊敬していて、彼女に関する本も数冊持っていたけれど、いったい何が展示してあるのだろうと、切符を頂いたものの、展覧会そのものには正直、期待していなかったのだが、まあ、せっかく頂いたのだからという軽い気持ちで出かけた。
展示物はほとんど写真パネル。マザーの遺髪やカーディガンなどが多少展示してあるくらいだったのだが、見終わった後、なぜか私は、何かにガーンと頭を殴られたような衝撃を受けていた。
私は日ごろ、スピリチュアルな占師として、誠心誠意努力しているつもりだし、暗い顔をしていらしたお客様が、元気になって帰られるのを見て、多少お役に立てたことに喜びと満足感を味わっていたのだが、自分の仕事がとても色あせて見えてしまった。
自分の仕事は、それなりのお役目はあるのだろうけれど、なんだか物足りないものを感じてしまった。
やはり、何か行動しなければと思う。
困っている人に寄付するだけじゃなくて、マザーのように直接愛を伝えたいと思うのだ。
還暦を過ぎた身で何が出来るかわからないが、お役に立ちたいと思えば、何かお役目がいただけるはず。そう思って毎日祈っている。
その時買ってきたDVDの中に、とても感動するシーンがあった。
ガリガリにやせ細った、何歳だかもよく分からない子供が、ベッドの中で手足を縮めてガタガタ震えている。
そこにシスターの一人が来て、子どもを抱き上げ優しく撫で始めた。しばらくすると子どもの震えが止み、閉じていた目を開き、シスターをなんともいえない愛に満ちた目で見上げたのだった。見る影もなくやせ細った子どもが、なんと神々しく見えたことか!!
本当に人間はスピリチュアルな存在、命とは愛そのものなのだと強く感じさせられた瞬間だった。
亡くなった時のマザーの遺品は、いつも持ち歩いていた頭陀袋一つと、いつも着ていた修道女の服、3、4枚だけだったという。
言葉と行動が見事に一致していた人。
この展覧会にお導き頂いたのは偶然ではない。自分の人生の最後の章をどう生きるべきか神からのご掲示を頂いたのだと思う。
人生の総仕上げの時間を、楽しみだけを求めてダラダラ生きてはいけない。私の命を何かの、誰かのお役に立てなければと想う。
そして一歩でも二歩でもマザーに近づくべく努力することが、私のこれからの目標になった。
今、私は、目の前に人生の最終章の新しい道が開けることを、ワクワクしながら待っている所だ。
北千住のスピリチュアルな占師 安 寿