つい先日、雪が降り、今日は真夏日。後期高齢者には厳しい天気の激変ですが、『暑さ寒さも彼岸まで』と言いますから、お彼岸も過ぎたし、これからは少し安定してくれるといいのですが。
お彼岸最後の日、姉と二人、お墓参りに行ってきました。姉も80歳を過ぎて、おまけに先日、背中を打って、あちこち痛いとの事。
さらにケガをされては困るので、ここは一人で頑張らなくてはと張り切りました。
なんだかんだと30分以上かかり、腰も痛いし、汗ぐっしょり。
それでもきれいになったお墓を見るのは気持ちがいいもので、花を飾り、お線香をあげ、お参りをして、気持ちがさっぱりしました。
いい気分のまま本屋に寄り、昨年亡くなった星野富弘さんの詩画集の追悼企画 新装版『ありがとう 私のいのち』を買いました。
この詩画集には、星野さんが怪我をされてからの詳しい状況が記されています。
(以下、『』はこの本からの引用です。)
『お見舞いに頂いた手紙の返事を書きたくて、文字の練習を始め』たことが、星野さんの詩画集の発端。
人の心に応えたい気持ちが彼の生き甲斐を生み出し、彼の人生を支え、より豊かなものとしていくと同時に、彼の産み出した本が、多くの人の心に染み入り、心を浄め、読む人を元気にしていく。素敵ですね。
まさに、神の御業を見る思いです。
「神が何かをなさるときは一石二鳥。一つのものに対してだけではなく、同時に沢山のものにもなさるのだ」というある牧師様の言葉を思い出しました。
特に感動したのは、『はじまりのひと筆』の章
東京の病院に転院した高津君という中学生の愛用のチューリップハットに寄せ書きする時の事が書かれています。
『高久君は命にかかわるほどの重い病気だった』
『看護師さんや部屋の人たちが、それぞれ思い思いの言葉を書いた帽子が最後に回ってきた。』(中略)
『ああ、書ける手がほしい』(中略)
『彼とは仲のよかった私が直接書いた文字が帽子のどこかにあるのを発見したら、高久君はどんなにか、よろこんでくれることだろう。』(中略)
『高久君を驚かしてみたい、うんとよろこばしてみたい』(中略)
『母が帽子を私の顔の上に恐る恐る広げた。私は全身の力を首に集中して頭を持ち上げた。』
『ペン先がわずかに帽子に触れ、その白い生地に、ゴマ粒ほどの黒い点がついた』(中略)
『私にできたのはかすかながらも黒い点をひとつ、つけるのが限界だった。』
『結局、私のくわえたサインペンに、こんどは母が上から押しつけては、左右に少しずつ動かしながら、「富」という字を書いた。』
『黒い点はうまい具合につなげて「お富」という字にした。』
この数日後、高久君から電話がかかってきて、彼の喜ぶ声を聴きながら、『こんなに喜んでくれてよかった!! と同時に「口で字を書きたい!!」と、このとき痛烈に思うようになった。』
こうして星野富弘さんが誕生したわけですが、私たちが今、拝見するようなものが書けるようになるまでのご苦労がそれ以降のページに記されています。
涙なくしては読めないのが『母とふたりだけの 小さな展覧会』
です。長くなるので、引用は省略しますが、淡々とした文章の中に、濃密な母と子の情愛の世界を感じます。
母も子も、これだけのご苦労を引き受けたからこそ、神様が与えて下さった至福の時間だったのではないでしょうか。
星野さんの人生を思うとき、本当に想像もできないほどのご苦労だったと思いますが、先日ニュースで、事故などで脊髄を損傷し体を動かせなくなる人が年間5000人以上もいるという事を知り驚きました。
しかし同じそのニュースが、慶応大学などのグループが、脊髄損傷などで身体が動かず、感覚も無くなった患者さんに、IPS細胞から作った神経のもとになる細胞を移植する臨床研究を行い、4人の内2人に運動機能の改善が見られたという喜びと希望も伝えてくれました。
お一人は高齢男性で、支えなしで立てるようになり、歩く練習を始めたとか。
もうお一人は、立つことはできないが、自分で食事をとれるようになったとか。
星野さんのご本を読んでいたせいか、「よかったね!よかったね!」と思わず口から言葉が飛び出すほど、私はこのニュースが自分の事のように嬉しかったです。
世界初の成功例だそうで、安全性も確認されているとのことですから、これからどんどん希望が持てる方が増えていくに違いありません。
気持ちが暗くなったり、腹の立つことが多い世の中ですが、このIPS細胞研究のニュースは、久しぶりに気持ちを明るくしてくれました。
星野さんも、このニュースを知ったら、自由になった両手で、天国から思いっきり拍手を送ってくださるに違いありません。
北千住のスピリチュアルな占い師 安 寿