いつから我が家に姿を見せるようになったのか、よく覚えていないのですが、まだ寒い頃、やせた若い野良猫が来るようになりました。
片目に黒い縦線が三本入っていて、一見片目が悪いのかと思ったのですが、よく見るとかわいい目がぱっちりしていて、美猫とは言えませんが、個性的なかわいい猫です。
野良猫にしてはとても人懐っこくて、どこかで飼われていたのだろうかと思うほど警戒心がなく、思わず餌をやりたくなる猫でした。
あまりに痩せているので少し多めに餌をやるとすごい勢いでガツガツ食べ始め、160グラム入りの缶詰をあっという間に平らげてしまいました。
それでもまだ足りなそうな顔をして私を見るので、さらに60グラムのパウチを一袋やるとそれも食べて、やっと落ち着いたように毛づくろいを始めました。ちなみに我が家の黒猫は、元気なころで、一回に50グラムくらいでした。
その日から昼も夜も、ほとんど我が家の周りから離れなくなりました。
片目に特徴があるので、昔はやった歌から『ケメコ』と名付けました。
実は雄か雌かよく分からなかったのですが、とりあえず女の子の名前にしました。
雄の印が見えないし、雌にしては飛び出しすぎています。
近所の人にも聞いてみたのですが、皆分からず、おとなしいから雌だろうという事になりました。
夜寒かろうと、八百屋から段ボール箱をもらってきて植木鉢の陰においてやると、すっぽりそこに収まり丸くなって眠り始めました。
もっと暖かくしてやろうとフリース布を敷いてやりましたが、何か気に入らないらしく、箱に入らなくなり、慌ててそれを取り除くとまた箱に入るようになりました。
でも薄い段ボールの下は冷たいコンクリートです。
気になって綿のTシャツを敷いてみました。すると、それは気に入ったらしく、ちゃんと入っていました。
猫はいろいろ好みがうるさいのです。
雨の日は濡れた体で出入りするので、そのTシャツも濡れてしまうため、犬用の吸水シートを敷いてやったり、猫の様子を見ながら、何とか居心地よくしようと工夫したせいか、ケメコはすっかりそこが自分の家だという感じで、毎晩そこで寝て、寒い昼間もそこにいて、餌の時だけ外に出るような感じでした。
時々その箱から顔を出し、それがかわいいと、通りがかりの人や小学生たちに人気でした。
少し暖かくなると、止めてある自転車のサドルの上に座っていたり、後ろの荷台に寝そべって、サドルに前足でつかまっていたり、その姿がまたかわいくて、ますます通りがかりの人の注目を浴びていました。
まだ子猫っぽい感じで、可愛がってくれる人には頭をスリスリするので、猫好きの人にずいぶん可愛がられていました。
小さなネズミやスズメを取っては得意げに見せに来たこともあり、なかなかのハンターでもありました。
我が家の天井裏を時々ネズミが走ることがあるので、それはありがたい事でありますが、心の中では「きゃー!やめて!」です。
ある時口から血を流していたことがあって、下の牙が一本無くなっていました。
猫同士のけんかでそんなことにはならないのではないかと思い、誰かにけられたり、叩かれたりしたのだろうかと心が痛みました。
ちょうど高齢猫用の柔らかい餌があったので与えてみると、あっという間にぺろりと舐めてしまったので、これは大丈夫と安心しました。
暖かくなった頃から体のあちこちに抜け毛が目立ち始め、痒そうで年中舐めています。
ひどい所は毛がすっかり抜けて赤むけになっています。何かの皮膚病で可愛そうでしたが、その頃ちょうど飼い猫の病院代が月に数万円かかっていましたので、悩みながらも病院に連れていくのをためらっていました。
ためらう理由のもう一つは、ほとんどの獣医さんが予約制だという事です。
飼い猫なら時間で捕まえて連れていくことができますが、野良猫は昼間はどこかに行ってしまうことが多く、決められた時間に捕まえられるとは限りません。
かかりつけの獣医さんにその事を話して相談し、とりあえず患部の写真を撮って診断してもらい、ノミ・ダニの薬を飲ませることにしました。
大きな錠剤なのですり鉢で擦りつぶし粉状にして、ケメコの大好きなチュールに混ぜてやったのですが、一口舐めたらもうだめです。
仕方ないので、猫の毛づくろいの習性を利用して、手や腹など、猫が舐めややすい場所にそれを塗って、何とか全部舐め取らせました。
そんな苦労をしたのに、抜け毛は改善しません。
やはり病院へ連れていかなければと思って病院に相談したのですが、ネックは予約です。
それに雌だと思っていたので避妊手術のことも聞いたのですが、手術の前日の夜から絶食させなければならないとのこと。
野良猫なので、何かのケージに一晩入れておかなければならないのですが、排便もあるでしょうし、そんな大きなゲージもそれを置く場所もありません。
そこで野良猫のお世話に慣れている友人に電話で相談しました。
するとその友人が、猫の保護活動をしている方と二人で、早速ケメコを見に来てくれました。
彼女たちはケメコを見るなり、この猫は雄だというのです。去勢してあるから男性の印が縮んでいるのだとか。
とりあえず、去勢手術はしなくてよくなったのでほっとしました。
雌だと思い込んでいたので、お腹を切ることに、少し胸が痛んでいましたから。
彼女たちが予約のいらない、しかも野良猫に慣れている動物病院を知っていて、一緒に行ってくれることになりました。
捕まえたら、朝電話することにして、猫を入れるバッグを積むために、自転車のかごを大きいのに変えて準備も整いました。
ところがその翌日から、ケメコはぱったり姿を見せなくなったのです。
ちょうど近所で下水道管の工事が始まっていたので、そのせいかもしれません。
それにしても、あまりにぱったり来なくなったので、事故にでもあったのだろうかと、その辺を歩きながら、何となく探すようになっていました。6月末の事でした。
それからひと月後の7月末のある夕暮れ、涼みながら、何となく野良猫ウォッチングをしていると、我が家から2ブロック離れた角で、歩いてくるケメコを見つけました。
特徴のある片目の三本線、ケメコです。
「ケメコ!」と呼ぶと、立ち止まって私をじっと見ています。
もう一度呼ぶとケメコはふいに興味をなくしたように横を向き、近くの家の猫用の小さな入り口からその家の中に入っていきました。
ケメコが無事でよかったとまずほっとして、また家猫になれてよかったと安心しました。
それにしても、猫は家につくと言いますが、あまりに突然であっけないケメコとの別れ。
私の胸の中には風が吹き、ケメコへの思いが風車のように風に吹かれカラカラと空回りしています。
5月の末に愛猫クロを見送り、6月の末にケメコとの別れ。
今年の私の運勢は今までの総決算の年に当たり、いろいろなことが一区切りする年ですが、友情や愛情だけは、もう、一区切りすることが無いよう祈ります。
ちょっと寂しい夏の夕暮れでした。
北千住のスピリチュアルな占い師 安 寿