安寿の小径

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桐野夏生さん『だから荒野』を読んで

八月も後半に入り、雨や曇りの日が多くなって、多少は過ごしやすくなってきましたが、爽やかな秋空までは、あと一月余りの辛抱でしょうか。
しかし穏やかな日々が訪れる前、季節の変わり目には、台風や竜巻、雷や長雨など、ひと波乱もふた波乱も悪天候を乗り越えなければなりませんね。
なんだか人生に似ています。


人生の変わり目にも、何か波乱が起きるものです。
人間は怠け者だから、波乱のムチでお尻を叩かなければ、現状を変えようとしないからでしょうか。


今回ご紹介する本は、桐野夏生さんの『だから荒野』です。
2012年に初版が出て、すごく評判がよく、あちこちで紹介されたので、読まれた方も多いと思いますが、問題を抱えながらも、かろうじて家族の形を保って暮らしていた家庭の主婦が、突如波乱を巻き起こし、それによって家族がそれぞれ徐々に変わっていくお話です。


大学生と高校生の息子がいる中年夫婦。
家族はみな気持ちがバラバラで、お互い自分の事にしか関心がありません。
二人の息子は母親とほとんど会話もせず、目を合わせることもなく、長男は恋人の所にちょくちょく出かけ、次男は学校には行くものの、自分の部屋でゲームばかりしています。
気が付けば、子供たちは食事も母親と一緒にせず、コンビニで各自が買って食べるようになっていたのです。


この家族、特別な家族だとは思えません。一緒には住んでいても、必要なこと以外、あまり話もしない、食事もあまり一緒にしないという家族、今や普通になりつつあるのではないでしょうか。


昔は貧しかったし、家も狭く、兄弟の数も多く、コンビニもなかったから、いやでも家族関係は濃密で、年上の子が年下の子の面倒も見たし、喧嘩もしたし、母親の手作りの食事を家族みんなが食べていたのでしょうが、今は『個食』が可能なほど、経済的にも豊かになったし、便利にもなったという事なのでしょう。


両方経験している私としては、どちらがいいとは一概に言えません。
濃密だからこそ辛い面があったし。


子供が小さいうちはワイワイガヤガヤ、楽しい思いもたくさんさせてもらいました。
でも子供も大きくなってくると、だんだん身勝手になり、自己主張し、口をきかなくなり、作っても食べなかったり、文句を言われたり、帰ってこなかったり、親の思う様にはいかなくなります。


また、両親と住んでいた若い頃の自分を考えてみると、親はありがたい存在ではありましたが、どこか面倒くさい、ウザったい存在でしたね。
こちらの生活に踏み込んでこられないように、親との間に防御壁を作っていましたね。
必要なこと以外、あまり話さなかった気もします。


子供が口を利かなくなるのは成長している証でしょう。
親の育て方が特に悪いわけではないと思います。
なにも問題が無く、仲の良いハッピーなご家庭もあるとは思いますが、問題の一つや二つ抱えていても、数年後になって考えてみれば、あんなに悩むほどの事ではなかったと思うことが多いのではないでしょうか。
家族の問題を経験するだけでも意味があり、さらに乗り越えることができたら、もっとすばらしい経験なのです。そこにこそ家族になった意味があるのですから。


主人公の朋美はその日が46歳の誕生日でした。
しかしこの家族は誰も朋美の誕生日の事など気に掛けていません。
「おめでとう」の言葉もなければ、夫が食事に誘う事もありません。
仕方なく朋美は、自分の誕生日のために、自分で都心のレストランを予約したのです。


まずそのレストランにみんなで行くことすら、すんなりとはいきません。
化粧が派手だとか、服装が似合わないとか、夫と息子に散々ケチを付けられ、すったもんだのやり取りの結果、次男は行かず、夫婦と長男で出かけることになるのですが、お酒を飲むことを考えて、朋美が電車で行こうと言うのに対して、夫と長男は面倒だと言うのです。
しかも夫は自分が酒を飲みたいので、朋美に運転しろと言う始末。
夫が譲らないので、しぶしぶ朋美が運転していくことになります。


レストランに着いてからも、自称グルメの夫は文句ばかり。しかも誕生日プレゼントも用意していません。
ついに朋美の怒りが爆発して、朋美はレストランを飛び出し、車で家出を決行するのです。
当てもなく飛び出したのですが、たった一人、朋美の誕生日を祝ってメールをくれた古い友人と会い、昔話をしている内に、昔の恋人に会うため長崎まで行くことにします。


その道中、朋美はいろいろな人間に出会い、様々な経験をし、自分自身を発見していきます。


残された夫は意地を張り通し、妻を批判し無視し続けるのですが、徐々に自分に対しても、妻に対しても、客観的に考えるようになり、色々な事に気付き始めるのです。
息子たちもそれぞれ今までとは違う面を見せ始めます。


桐野夏生さんはミステリー作家として有名で、私も以前からファンでしたが、今度の作品を読んで、ますますファンになってしまいました。
夫と妻、息子たちの心理をホントに見事に描いています。
随所で、「そうそう、あるある」と思わず頷いてしまいます。


家族って難しいですね。
夫なんだから、妻なんだから、親なんだから、子供なんだから、『〇〇するのが当たり前』という前提で考えると、当然、相手に対して不満だらけになってしまいます。


人は、自分が相手に与えることを忘れて、相手に要求する事の方が多くなりがちですが、それが家族という遠慮のない関係ともなれば、もっとその傾向がひどくなるでしょう。
そうなると家庭はいつの間にか殺伐とした『荒野』になってしまいます。


本当は一番大切にしなければならない人たちなのに、いつも傍にいるから、いるのが当たり前で、何をしても赦されると思っているから、大切にすることを忘れてしまうのでしょうか。
或いは大切にしているつもりが自分のエゴを押し付けているだけだったり。


友情や愛情、情熱など、大切にしたい気持ちは、耕したり、水を撒いたり、種を植えたり、肥料をやったり、常に手入れをしていなければ、永くは維持できません。


お互い、相手に変わってほしいと願っている内は、何も変わらないのです。
相手に期待したり、要求したりする前に、自分自身を変えることです。
自分の見方、考え方を変えることが、相手との関係を変える一番の近道です。
それが他人との間では可能でも、ずっと生活を共にしている家族ともなると非常に大変な忍耐力が必要で、なかなかできないから『だから荒野』になってしまうんでしょうか。


『荒野』に我慢できなくなった誰かが一石を投じ、その事によってみんながお互いの事を考え始め、お互い少し成長し、お互いの関係も少し改善されていく。しかしまた日常生活に安住しはじめると、人は手入れを怠り始め、次第にまた新たな荒廃が始まってゆく。


家庭、家族とは、何かあればすぐに壊れてしまいそうな脆い一面を持ちながらも、そんなことの繰り返しの中でお互い少しずつ成長し合い、繋がっていくものなのかもしれません。
『だから荒野』という小説は、そんなことを示唆しているような気がします。




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